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はじめに
はじめに
日本で働きたい、日本に住みたいと、中国や東南アジアの人びとが次つぎと日本にやっ
て来ています。小さな木造船にぎっしりと乗り込んで来る人、観光ビザで入国し、そのま
ま住み込んでしまう人など、入国の手段はさまざまであります。小さな船での航海は安全
だとは言えません。また、不法入国の場合は本国へ送り返されてしまいます。そうした危
険を知りながらも日本への入国を目指すのは、自国では暮らせない、政治的、経済的な理
由があるからであります。日本へ行けば豊かで平和な暮らしができる、という期待を持っ
て彼らは危険と不法をかえりみず日本へやって来るのであります。
き
ぐ
しかし、果たして彼らはこの日本で〝真に平和で心豊かな生活〟をしていけるだろうか、
と考える時、大きな危惧を抱かざるを得ません。彼らの心を明るくし希望を持たせるもの
が日本の社会にはあまりにも少ないと思うからであります。
現在の日本人は、物質万能、金銭崇拝にこり固まり、自分の欲望を満たすことを何より
iの幸せと思っております。そして、欲望のためには、他人をどんな悲惨な状態に追いやっ
ても平気でいる人が少なくありません。あとを絶たない悪徳商法、自分の欲望達成のため
がけ
には簡単に人を殺してしまうなど、数え切れないほど、目をそむけたくなるような事件が
次つぎと起きています。日本は今、これを倫理的に見るならば、破滅の崖っぷちに立って
いると言えましょう。このような日本社会、日本人が、国際社会の一員として、不幸な外
国人を迎え入れることは不可能ではないか、と思わざるを得ません。人を迎え入れるとい
うことは、単に住む家を与え、生活費を支給するだけではなく、どんな人間同士でも仲良
く生活していくこと、つまり倫理がその基本になければならないのであります。
倫理を中心にして人と人とが心の交流をもち、助け合って生きていくことの大切さを、
日本人の生き方として取り戻すことは、何にもましてなさねばならない急務であります。
それによって、日本の社会と日本人は破滅の道から立ち直り、真に平和な豊かな国となり
得るからであります。そうなってはじめて日本は、外国の人びとにとっても安住の地とな
り得るでありましょう。
そのためにはまず、自己本位を捨て、社会の一員としての原点に立ち戻らねばなりませ
ん。人間は社会の中でより多くの人びとに接することにより、自らを高めていくことがで
iiはじめに
きるのであります。周りの人がどんな考えや意見を持っているのか、どんな時にどのよう
な言動をとるかをじっくりと見聞きし、良い点は取り入れ、悪い点は自らの反省材料とす
ることであります。そうした人とのつき合い方をしていくためには、自分の中に閉じこも
ったり、うわべを飾ったりするのではなく、素直にありのままの自分をさらけ出し、また
相手のすべてを快く受け入れていかねばなりません。
意見や考え、環境の異なった多くの人びとによって構成されている社会では、人と人と
が和やかにつき合っていくための〝倫理〟があり、それを実践することが大切であります。
そうした社会生活の倫理とその実践を、地域社会、職場などにおいてまとめてみました。
その実践のあり方は、自分の置かれた場や、相手によって異なってきます。そのそれぞれ
についての人間関係、言葉遣い、礼節などの基本を、できるだけ具体的に述べました。会
員のみなさんには、これを社会生活の中で実践し、社会人としてのすじ道に沿った日々を
送り、真に平和な豊かな社会づくりの核となっていただきたいと切望します。それでこそ
上 廣 榮 治
日本人は真の国際社会の一員として、世界に貢献していけるのであります。
平成元年十一月一日
iii目
次2
はじめに
第一章礼節の根幹
21
第一節 公共の場
39
第二節 会 合
第三節 冠婚葬祭
90
第二章言葉の作法
114
第一節 敬語の心得
第二節 会話の心得
第三節 文章の心得
133
i
vi
156
第三章職場の倫理
193
第一節 出退勤
第二節 仕 事
vii
214
第三節 上司・同僚・部下
233
第四節 外部の人びと
第四章宏正会に生きる
装画・カット 沢村美佐子
173第一章
礼節の根幹第一節
公共の場
会社が表彰することもないでありましょう。しかし、他の乗客の迷惑を考えず、自由気ま
たしなめるのは、車掌さんとしては当然のことであり、本来ならばニュースにもならず、
ともに、電鉄会社から表彰されたことも記されておりました。電車の中で乱暴を働く人を
さんの話が新聞に大きく取り上げられておりました。勇気ある行為としてほめたたえると
月前、電車の中で他の人に乱暴をした乗客を次の駅で降ろし、その行動をたしなめた車掌
かし考えてみれば、それが今の社会を浮き彫りにしているとも言えるのであります。数カ
には、現在はこんなことがニュースになるのかと驚かされるものも少なくありません。し
情報社会の今日、毎日さまざまな情報がマスコミによって送り出されてきます。その中
1
2第一章 礼節の根幹
なぐ
まに振る舞う人があまりにも多く、あげくのはてにいたずらや乱暴をしても誰もとがめな
い。たまにとがめる人があると、その人に殴りかかる。それを恐れて乗客はもちろん、乗
務員も寄りつかない。それが普通のこととなっている社会だからこそ、さきの車掌さんは
表彰され、ニュースともなったのであります。日本人の公徳心の低さについてはずい分以
前からやかましく言われ続けておりますが、良くなるどころか、ここまで低下しているの
であります。経済的にいかに豊かになろうとも、公共の場での人びとの行いが、こうまで
人としてのすじ道を踏みはずしていては、社会も家庭も真の豊かさを得られようはずはあ
りません。公共の場でのあり方をしっかりと認識し、実践することが今日の急務でありま
す。そこでその基本を述べ、みなさんの日頃の行動を振り返っていただき、欠けている点
があれば今すぐにも改善してもらいたいと思うのであります。
公共の場といえば、乗物や公園・広場、さまざまな公共施設のことと思いがちでありま
すが、自分の家から一歩外へ出ればすべて公共の場であることをしっかりと認識しなけれ
ばなりません。ですから公共の場の作法は〝道路の歩き方〟がその第一歩であります。道
路は正しく美しく歩かねばなりません。
「家庭倫理読本」の中の立居振舞の項目で申しま
したように、正しい姿勢で真っ直ぐ正面を見、腰を中心としながら一定のリズムで一直線
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