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はじめに
はじめに
今日、日本は世界屈指の経済大国となり、人びとは欲しいものをほとんど手に入れ、美
味しいものも十分に食べ、一見みんな幸福そうであります。しかしその一方、親子の断絶、
少年非行や校内暴力、いじめ、子どもの自殺、夫や妻の蒸発、離婚など大きな問題が続発
し、「国民生活白書」
(昭和 年度版、経済企画庁編)にも述べられておりますように〝家
族関係崩壊の危機〟を招くに至っております。このような事態になりましたのは、家族が
倫理を知らず、これを実践していないためであります。
ちゅうすう
にな
ここ十年、離婚の増加が著しい年代は、結婚して十年から二十年未満、三十代後半から
四 十 代 の 人 た ち で あ り ま す。社 会 の 中枢 と し て 重 要 な 役 割 を 担 い、家 庭 に あっ て は 小・
中・高生の親でもある人たちが、なぜ離婚していくのでありましょうか。考えてみますと
この人たちは終戦前後に生まれ育っています。この頃は、それまでの日本の道徳のすべて
が否定され、家族がどうあれば良いのか、どんな家庭をつくれば良いのか分からず、国民
i
60全体が思い迷っていた時代でした。そのような中で育ちやがて結婚。結婚すれば親のもと
を離れて自分たちだけの家庭をもつのが当然であると考えるだけで、本当の家庭のあり方
というものが全く分かっていないのであります。子どもの教育やしつけも手さぐりの状態
です。その時、その場をどうにか過ごせればそれでいい。それが家庭生活なのだと思い込
んでいるのであります。こうした状況は今日の若い人たちにも及んでおります。
家庭をつくるということは、その日、その日が無事であれば良いというものではなく、
一日、一日の倫理実践によって人間として成長し、また、家族全員が心のつながりを深め
ていかなければならないのであります。夫婦はそれぞれの役割をしっかりと認識し、助け
合ってそれを果たすとともにお互いの努力を認め、感謝し合うこと。さらに感謝の心を社
会全体にひろげていくための基盤づくりをするところが、家庭であります。家族同士はも
ちろんのこと、地域の人びとを初め、より多くの人たちと親しくつき合って助け合うとい
う実践によって初めて、愛和のある真の家庭が育つのであります。
愛和のある夫婦の間には不仲も離婚もあり得ません。そうした家庭に育った子どもは、
非行に走ることもないでしょうし、友だちをいじめるなどということは考えもしないであ
りましょう。もし、たとえ何か問題が起きたとしても、倫理をよく学び、実践に打ち込め
iiはじめに
ば何事も解決していくのであります。そのことができていないために、夫婦・家庭のあり
方が大きな社会問題となってしまったのであります。
「国民生活白書」は、現在の家庭の危機を救うためには、
〝家庭や社会の機能を原点に
立ち返って見直すことが重要であろう〟と述べております。
〝原点〟とは日本の永い歴史
の中で培われてきた伝統であり、倫理であります。ところが、それを知らない人が今日あ
まりにも多いのであります。これでは、いくら家庭の重要性が叫ばれても実際には、いっ
たい何をしたらいいのかが分かりません。家庭の倫理とは何か、家庭の機能とは何かをま
ず体験的によく理解することが何よりも必要なのであります。それなくして、衰弱してい
る今日の家庭を立て直すことはできません。
そこで私は、今日的視点をふまえつつ、ここに家庭倫理を、具体的に、実践的に述べて
みました。これを日常の中で実践して、会友全員が人としてのすじ道に沿った生活を営み、
愛和に満ちた、ゆるぎない家庭を創造していただきたいと熱望する次第であります。
昭和六十一年五月三日
上 廣 榮 治
iii目
次はじめに
2
第一章日常の倫理
20
第一節 健 康
37
第二節 食 事
52
第三節 家 事
66
第四節 家 計
第五節 余 暇
第二章愛和の実践
第一節 家 族
80
i
vi
112
第二節 隣 近 所
132
第三節 知人・友人
第三章礼儀の基本
166
148
第一節 立居振舞
第二節 身だしなみ
vii
188
第三節 言葉遣い
209
第四節 電話と手紙
第四章倫理に生きる
装画・カット 沢村美佐子
96第一章
日常の倫理第一節
健
康
うに、人びとの健康に対する関心が高まってきましたのは、生活水準の向上、高齢化社会
健康食品もブームとなって、いわゆる健康産業は発展の一途をたどっております。このよ
ます(
「厚生白書」昭和五十八年度版)
。また、健康に関する書籍や雑誌も数多く出版され、
す。国民の約三分の二が、一年間に何らかのスポーツや運動をしているということであり
ビクス・ダンス、その他さまざまなスポーツ活動を行なう人が非常に多くなってきていま
健康を求める意識が高まった時代はありません。ジョギングやマラソン、テニス、エアロ
はもちろんのこと、家族の健康をも願って暮らして来ました。しかし、今日ほど人びとの
〝健康〟は人間が生活していくうえで最も大切なことだけに、遠い昔から人びとは自分
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